私の今昔物語【50年前の生活と今の生活を比べて】
今年は2021年。ついこの間2000年問題で大騒ぎしていたと思ったら、もう20年も経っていました。50年でどのくらい変わったのか、検証したいと思います。衣・食・住の順に変わったところを見つけていきます。今の若い人には到底想像もつかないでしょう。だってケータイもパソコンも、ビニール傘もない。ペットボトルもないし、お茶も買うものではなく、家で淹れて飲むものでしたから。おにぎりを買うなんていう発想もなかった。
50年以上前の【衣】
今では着るものはどこにでも置いてあるようになりました。ホームセンターやスーパーにも肌着や下着などは結構見られます。でも昔は、洋服店やデパートでしか買えませんでした。近所にもそれほど服を取り扱っている店がなかったのですよ。
①寝るときの服
寝るときの服装は、ねまき。夏は浴衣のようなもの、冬は下着を着て上に同じような着物を着ます。だから冬はものすごく寒かった。それに着物なので、裾がはだけて上の方に来てしまうからスースーします。パジャマを着るようになったのは、小学校3年生くらいになってからでした。ボタンが付いて、襟があって、ズボンをはいてとてもいい気持でしたね。
②運動するときの靴
ひものついた運動靴はありませんでした。売っていたのかもしれませんが、うちにはなかった。走っているうちに足の裏が痛くなったり、脱げたりしました。その当時に「駿足」のようなスポーツシューズがあったらよかったのにと思います。55年くらい前、運動会で徒競争の時には足袋を履きました。足袋といっても裏のゴムは付いていない軽いものでした。「はだし足袋」という名前だったかな。それを履くと足の裏は痛くないし、軽いので速くなった気がしました。今では信じられませんね。遊ぶときなども、サンダルや下駄でしたから、かけっこやリレーをする時にははだしで走りましたよ。
③水泳着と水泳帽
昔の海水パンツはあまり伸びなかったような気がします。体にフィットしないのでよく脱げました。ひもも縛る方式なので、トイレに生きたくなると悲惨でしたね。濡れたコットンのひもは、なかなかほどけません。水泳帽子も綿でした。あごの所でひもで縛るのでおよぎにくいんです。昔も水泳検定というのがあって、合格すると水泳帽子に赤いラインを縫い付けていきます。私は3本くらい縫い付けたでしょうか。ゴーグルなどはもちろんありません。入浴剤の「バブ」のような消毒薬をプールにバンバン入れていましたから、目がひりひりしました。目をあけておよぐと真っ赤になりました。
④靴下や普段着
靴下も綿でできているので、伸びません。履くのが大変。穴が開くと、かがってもらうのが普通でした。でも穴をかがった靴下の履き心地は最悪です。ゴロゴロしたものが気になります。普段着は冬も一緒です。ちょっとセーターを着るかネルのシャツを着るくらい。コートなんてありません。それに我が家はお坊ちゃんスタイルが好きだったようで、一年中半ズボンです。雪が降っても半ズボン。もちろん夏の間はランニングシャツ。今は、タンクトップと呼んでいますが、色は白だけでした。暖房も、石油ストーブがなかったので、一辺が40cmくらいの立方体の木の枠に布団をかけ、その中に電気行火を入れて親子4人で暖をとっていました。もちろん明かりも電球ひとつです。今では電球色なんてかっこいいですね。温かみがあるとか何とか、、、。でもその当時はまだ蛍光灯は高嶺の花。我が家で初めて蛍光灯を点けたのは、私が小学校4年生くらいの時でした。その後、カラーテレビを導入。炬燵を揃え、電気カーペットや冷蔵庫、クーラーとだんだんに揃っていきました。でも炊飯器と電話は、なかなか入りませんでしたね。私が二十歳くらいの頃にやっと電話が来ました。
50年以上前の【食】
①豆腐や油揚げは鍋を持って買いに行く
お豆腐屋さんは自転車でやってきて、豆腐や油揚げを売りにきました。買いに行く人は、ボウルや鍋を持っていきます。ラッパを吹きながら売りに来ます。懐かしい音です。
②スーパーはまだ少なかった
スーパーは、ほとんど見かけませんでした。私が小学校2年生くらいの頃に、赤札堂というスーパーができました。入ってみると、外国のようで、買い物かごを持って買いに行くのは楽しみでした。ケロッグのコーンフレークを買ってもらったりしました。カートがあったかどうか忘れましたが、今の買い物のスタイルは、もう50年も前に始まったんですね。
③買い物は近所の八百屋・魚屋・肉屋
買い物は、近所の店で済ませました。何しろ徒歩でしか行けませんからね。お金持ちではなかったから、果物はミカンかリンゴ。肉は豚バラ、魚はイワシの丸干しでしたね。お刺身はスジの沢山入ったマグロばかりでした。それに山芋をかけて食べましたが、スジが残って美味しくなかったですね。今は、クルマでどこへでも行けますから便利ですね。卵は冷蔵庫に入れて保存していなかったと思います。
④子どもでも酒やタバコが買えた
よく、たばこを買いに行かされました。「いこい」というタバコ。酒は黄桜の一升瓶を買いに言った覚えがあります。重いし暗いし、嫌でした。今では信じられない話ですね。大人でも販売機で、カードがないと買えないのに、、、。
⑤ビニールもペットボトルもない
昔はペットボトルもビニールもなかったんです。コンビニ袋もない。もちろんコンビニもなかったですから。ですから、買い物をしたら、紙袋に入れます。買い物かごを持って買いものに行きますからね。サザエさんみたいに。
⑥冷蔵庫がなかったから、食べ物がない
家には冷蔵庫がありませんでした。親戚のおばさんの家には、氷で冷やす方式の木の冷蔵庫がありましたが、、、。だから、家に食べ物のストックはほとんどありませんでした。今は夢のような時代ですね。
⑦牛肉は食べたことがない
牛肉は、ほとんど食べたことがありませんでした。唯一食べたのは、コンビーフ。コンビーフの缶をあけるのが楽しみだったですね。今は、牛肉を食べてもあまり感動しなくなっていますが。
⑧パンは給食で知った
パンもあこがれの食べ物でした。給食で毎日食べて、味を知って、大好きな食べ物になりました。ご飯ももちろん大好きですが、今もパンは大好きです。
⑨バナナは高価、メロンは死ぬ前に頂くもの
今は、バナナが100円くらいで食べられますが、私の小さいころは夢の食べ物でした。高くはなかったようですが、ほとんど食べたことがなかったです。メロン(皮にしわの入っているもの)を頂いたら、もう死ぬのかと思うような食べ物でした。今は1000円もしないで食べられますね。
⑩デパートの噴水のようなジュース
あこがれは、デパートに置いてある噴水のようなジュースでした。一杯どのくらいの値段だったのでしょう。一度でいいから飲みたかったなあ。
50年以上前の【住】
まだ日本が貧しかったころの話です。住宅事情も悪い。もちろん不動産を持っている人は良かったでしょうけど。
①道路は舗装されていなかった
道路は、主要な所は舗装してありましたが、家の周りはほとんど舗装されていませんでした。雨が降ると、水たまりができました。
②アパートに住むのが普通
我が家もアパートでしたが、だいたいの家が貧しくて、アパート暮らしでしたね。自分の家を持つなんて、夢のまた夢、、、。そんな時代でした。
50年以上前の【その他】
昔は赤ちゃんがいるお母さんはおっぱいをベロンと出して授乳させていました。今のように隠してやるような事はなかったですね。堂々としたものです。
①車を持っているのは商店か工場
我が家にもクルマはありませんでしたが、クルマを持っているうちなんて酒屋さんとか工場しかなかったです。オート三輪が走っている頃。昭和40年代でしたね。そんな時代に、石原裕次郎はベンツのスポーツカーを所有していたらしいです。ガルウイングのベンツです。
②移動はバスか電車か徒歩
どこに行くにも、徒歩かバス。ちょっと遠い所でも歩いて行きましたね。電車の駅2つくらいは軽く歩いて行きました。私はバス酔いしましたので、バスはひどく嫌でしたが、、、。チンチン電車も走っていました。その中の匂いも独特でした、クレオソートの匂いだったかな。交通事故も頻繁に起きていました。運転側のマナーの問題と、歩行者や自転車側の無知が原因ですね。庶民には車がなかった時代ですから、、、。
③規制が甘かった時代
昔はたばこのこともありますが、いろいろなことの規制が緩かったようです。排気ガスは、すごかったですし、川に流れる排水も思いきり色が付いていました。中学生が空気銃を打っていました。すごい威力で、コンクリートに穴が開いていました。道路はたばこの吸い殻であふれていました。ポイ捨て自由だったのですね。町も食堂にも、たばこの煙がありました。
そのころの大人の男はたばこを吸うものだったんですね。タバコと酒くらいしか娯楽がなかったのかも、、、。
④空気が悪かった
今よりも空気は悪かったような気がします。東京都内は、うすくけむっていたような、、、。埼玉に引っ越してきてから体は丈夫になりました。風邪もひかなくなりましたね。
⑤川はゴミだらけ
昔の川はゴミだらけでした。今は規制があるから勝手にごみを投棄できないんでしょう。昔は川の中に驚くようなゴミがありました。キャッチボールをして、ボールが川の中に入ると拾いに行くのが嫌でした。川といってもコンクリに挟まれたどぶ川ですが、そこに浣腸の使い終わったのがたくさん浮いていました。下水にうんちが流れていたんでしょうね。
⑥自転車を持っていたらひと財産
うちにも自転車はありませんでした。今は、安く買えますが、きっと昔の方が割高だったのでしょう。ママチャリなんていうのはなくて、ごつい配達用の自転車ばかりでした。それを子どもが乗るには、技があって、サドルの下の三角の所に足を入れて乗るんです。
⑦ケータイはないから伝言板
ケータイが出たのは私が30歳くらいの頃。それでも大きすぎて持ちにくいものでした。必要な連絡は前もって、家に電話しておくか、駅の伝言板に書くしか方法がありませんでした。短く的確に書くのは結構難しかったですね。長く書くと迷惑になるし、消されてしまうからです。「イツモノトコロ M 」電報や暗号みたいです。
⑧パソコンもワープロもないので手書き
パソコンが登場したのは20歳くらいの頃。NECのPC8800だったかな?9800だったかな?当時はすごく高いけど、性能はいまいちでした。それ以前はワープロで文章を作りました。文章をつくるだけのパソコンです。またまたそれ以前は、原稿を入れると自動的にガリ版を作ってくれる装置。これでプリントを作りました。手が汚れて大変でしたけど。またその前は、鉄筆とやすりのついている台で手書きの原稿を作ります。謄写版というのかな?薄い紙に傷をつけて傷の部分だけにインクが入り、印刷できるようにする仕組みです。間違えるとヨードチンキのような液を入れて、穴を埋めます。こんなことをして、文集をつくったりしていたんですね。力を入れると紙が破れて、はじめからやり直しになりました。今は楽ですね。拡大・縮小も簡単にできます。
今と昔、どちらがイイか
今は便利です。簡単で、あらゆるものが手に入りやすくなりました。貧富の差は開きましたが、多くの人が時代が進んだことの恩恵にあずかっていますね。では今と昔どちらがいいんでしょうか。お年寄りに聞くと、今の方がいいと答えます。昔は家事だって、炊事だって、風呂だって、どれも大変な仕事でしたから。買い物は1日がかりでしょう。学校へ行くのも、仕事に行くのも骨の折れる仕事だったはずです。お弁当だって、作って持っていく必要があったから。でも私は、昔の方がイイ。今は情報もモノも過剰です。こんなに楽していいはずがありません。医学と消防、平等の考えと人権意識は今のままで、昔の生活ができたらいいですね。