思い出すことなど 続編
小さいころは自由だった。好きなところで、好きなように、好きなだけ遊んだ。衣食住は、みな親に任せて、いい身分でした。
パトカーに乗せられて
小学校低学年のころ、友だちと外で遊んでいたときに、小さな野良猫が迷い込んできた。僕らは、子猫がおなかをすかせていると思い、食べ物を探しに出かけた。その野良猫を置き去りにしてずんずん歩いて、あてもないままに。そのうちに見知らぬ街の中に入ってしまった。友だちは泣き出すし、自分は三輪トラックのミラーに頭をぶつけてこぶを作り、泣きそうになった。「こういう時には、おまわりさんのいる交番に行けばいいんだ。」運よくすぐに交番が見つかり、おまわりさんに事情を伝え、住所も教えた。ぼくらは、パトカーにのせられて、何時間ぶりかで、自分の家に戻ってきたのである。パトカーに乗ったのはこの時が最初で最後。あれからずいぶん長いことお世話になっていない。子どものやることは、まったく想像を超えている。友だちは頼りにならないし、自分はコブを作るし。猫のえさなら自分の家の食べ物をやればよかったのに、「エルマーのぼうけん」の読み過ぎだったのではないでしょうか。
ズックの靴底とけました
昔の運動靴はひものないやつで、上履きみたいに名前を書くところがゴムでできているくつだった。よくあんなので走れたものだと思うが、運動会などでは、その時だけ「はだしたび」という足袋をはいて走った。軽くてとても走りやすかった思い出がある。寒い冬でも、ランニングシャツと、ネルのシャツにセーターくらいで、コートやスノトレは、持っていなかったから、秋から冬はいつも寒かった。当然、足元は一年中同じシューズで、学校に通っていた。近くに染め物工場があり、年がら年中色のついた温かい排水が流れていて、寒い日はその中に手を入れて温まった。昔は、外で物を燃やすことが普通に行われていたので、たき火もよく見かけた。よせばいいのに、そのたき火を平気で渡れるぞなんて言って、燃えてるたき火の上を跳んだりして遊んでいた。そのうちに火も消えたので、燃えカスの上を歩いたその瞬間、ふくらはぎに激痛が走った。安物のシューズの底がとけて、熱々のゴムが足にくっついたのである。やけどをしたら、すぐに水で冷やすなんて知らないから、無理に手で取ろうとして、指にもダメージを負った。今でもそのやけどの跡はしっかり残っている。
ズックの靴なくしました
因縁のズック靴は、底がとけても履いていた。梅雨になって、空き地に水がたまり、高学年の子たちがいかだのようなものをたまった水の中に浮かべて遊んでいた。竹の棒で水の底を押すと、気持ちよく進むことができた。自分ももちろん参加したが、まだ低学年だからうまく竿が操れなくて見事に水に落ちた。さいわい、水深は浅く、半ズボンはぬれなかったが、ぬかるみの中で、あのズック靴がスポッとぬげて、どこかへ行ってしまった。探したが見つからないので、仕方なく靴なしで帰ったが、家で散々絞られた。自分はあのやけどさせられた靴がなくなって、何だかせいせいしていたから、叱られても痛くもかゆくもなかったけど。
せんすでかくしてた
学校が遠かったので、道草をしながら帰るのが常だった。友だちと学校を出ると、ぶらぶらしながら、棒切れを拾っては、その棒でいろいろなものをたたきながら帰ったりした。ある日、いつものように棒を拾って、歩いていると、藪の中で、妙なものを見つけた。友だちと近寄ると、なんとエロ本のヌードだった。誰かが読んで捨てたらしい。拾った棒で、ページをめくると、上半身は見えるものの、下は隠されていた。それもせんすで。「せんすで○○○をかくしてらあ。」「ほんとだ、せんすで○○○をかくしてる。」僕らは、未知の世界に驚き、それ以来「せんす」という言葉を口にしては、大笑いした。誰にも言わなかったが、ヌードを見て興奮し、究極って何だろう?とおもった。もちろん、究極なんていう言葉はしらなかったけど、、、。あれが、自分のイタ・セクスアリスだったのか。小学校4年の頃の話。
のび太にも負けない腕前
自分には、特殊な才能があると思う時がある。子どもの頃も、そうだった。石を投げると、けっこう的に当たるので、近くの川に空き瓶を持って行って、川に流し、石で当ててビンを割る遊びをした。そのビンは、はじめはコーラなどのビンだったが、だんだんにエスカレートして、しまいには酒屋から空の一升瓶を持ち出して、的にして遊んだ。一升瓶にはふたがついているので、水を少し入れてから、ふたをして流すと、ちょうどいい的になった。そのうちに、酒屋のおじさんに見つかって追いかけられたけど。今考えると、環境を破壊していたんだなあと思う。反省!
釣りは釣りでも、王冠釣り
コカ・コーラの自動販売機がカンではなく、ビンだった頃の話。小瓶から500mlのビンまで、コーラのキャンペーンで、ふたの裏にスーパーカーの絵が描かれたものがあった。ごくたまに50円とか10円とか100円なんて書かれた王冠があった。近くの自動販売機には、王冠をあける栓抜きがついていたので、大人は瓶の王冠をスポンと開けて飲んだら、わざわざ王冠を確認したりしない。それを知った自分は、家にある母ちゃんの裁縫箱から糸を失敬して、自分の宝物の割れた磁石をしばって、王冠釣りをした。けっこう収穫があり、当たった王冠は近くの酒屋でお金と交換してもらって、友だちにおごりまくった。弟にそのことがしれて、家でそのことをしゃべられたので、王冠釣りは禁止になってしまった。もう少し釣っていれば、楽しかったのにね。
死んだらどうなるんだろう
子どもの頃、ある日突然「自分が死んだらどうなるんだろう。」と考えて、怖くなった。何かに夢中になっているときには全く思わないのに、寝る前や、ぼーっとしているときに思い出す死への恐怖。自分が死ぬということは、今考えている自分がいなくなるということだから、今考えている自分はどうなる?これが延々と続いて、気が遠くなる。相談する人もいなかったし、どうせ大人に聞いても、子どもが死ぬわけないよなんて言うに決まっているから、聞かなかった。あの怖さは、経験したことのないものだった。自分の中での自我の目覚めだったのかもしれない。今はそんなこと、全く思わないし、気にしないから、幸せ。