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Macchi こんにちは、Macchi(マッチ)です。日本の田舎暮らしや、そこでの生活・考え方について書いています。

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住まい、暮らし、そして生き方について。SP Life の記事です。

記事はすべて、書き手が自分の言葉で書いています。うまい文章ではないかもしれませんが、そのぶん、その日その場所で見たこと・感じたことがそのまま残っています。英語版は翻訳の補助にAIを使っていますが、内容はいっさい変えていません。

わが息子へ【12年ぶりの手紙】

2021/01/18SP Life

息子へお前とはずいぶん遊んだけど、いつもわたしに遠慮していたね。わがままばかり言うんで、時には頭にミカンを皮ごと叩きつけたこともあった。スーパーのおもちゃ売り場でもお前は、必ずミニカーを欲しがった。もちろん余裕のある時には、行くたびに買ったけど。だからミニカーが何十台もあったね。あのミニカーはどこにあるんだろう。確かおもちゃを片さないから、全部しまって遊べないようにしたんじゃなかったかな。

一度くりくりの坊主頭にしたことがあったね。すごくよく似合っていた。住宅の壁にマジックでいたずら書きをしたに。楽しかったね。

お前が小学校2年生くらいの頃、確か7月かな。家でペンキ塗りの手伝いをやってもらったね。頑張ったから手や足にペンキが結構ついちゃった。一応風呂に入ったけど、次の日プールに入れてもらえなかったらしい。暑い日なのに、ペンキが手足に残っているから、入らせてもらえなかった。その担任の先生とは、何年後かに一緒の学校で仕事をしたよ。お堅い人だった。融通が利かないというかゆるみがないというか、、、。学校でもお母さんのようにふるまっていたよ。ペンキ事件のことを知っていたから、話をするのも嫌だったね。

ある雨の日にはミニカーを買わなかったからといって店の中で大声で泣きだした。そのまま何も買わずに帰ったよ。みんなびしょぬれだった。

ミュータントタートルズが流行って、おもちゃもずいぶん集めたね。車が変型して悪者になったりする。タートルズたちが乗っていたバスも買ったね。

ミニ四駆もよく遊んだ。一緒に作って公園ではしらせたりコースを買って競争したりした。細かいパーツを買っては改造して楽しんだな。小さい時に一度命にかかわるようなけがをしたね。妻の実家に帰っているとき、きっと正月だね。私は留守番。電話がかかってきて、救急車で運ばれたとの連絡。追いかけっこをしていて、ガラスに突っ込んだらしい。広い家ではよくあるよね。幸い頭を切っただけだったので、ホッとした。いろいろやってくれるよな。

妻と娘が実家に帰るときに、一度だけ父子で家に残ったことがあった。二人きりだから何となく寂しい何日かを過ごした。娘と妻が帰ってきて、しばらくして、家の中に泥棒が入ったんじゃないかという事件があったね。妻の下着(ブラ)が何枚かなくなっていた。それも新し目のやつばかり狙われたよ。警察に届けようと思ったけど、もう少し探してみることにした。結局ブラはお前の引き出しから出てきたね。寂しかったから母ちゃんのおっぱいが恋しかったんだ。お前も頑張っていたんだね。でも家じゅうで大笑いをしたよ。まだ小学校に上がる前だね。小学校に上がってから、友達をたまに連れてきた。その友達の足が臭いのなんのって、、、。すごかったよね。その友達と会話しているのを小耳にはさんだんだ。お前はその友達にこう質問していた。「ねえ。○○くん。パイオ好き?」はじめは何のことだか分らなかったけど、、、。パイオとはおっぱいのことだったようです。お前もおっぱい星人だったんだね。お前が小学校高学年の時、陸上の大会で会ったね。選手になれなかったから、ユニフォームもなかった。みんなが入場行進しているときに、一人で応援席にいた。目が合うとばつが悪そうにしていたね。別に恥ずかしいことじゃないけど、気にしていたのかな。運動がそれほど得意じゃなくても、勉強ができなくても愛していたよ。存在そのものに価値があったからね。

お前はミニバスを習っていてがんばっていたね。でも、背が低いのを気にしていた。170cmもなかったからね。男子としては小さい方かな。高校までバスケやって友だちもたくさんできた。いまも年に一度来てくれるのだろうか、、、。お前が高校生になり、彼女を連れてきた。予想通り、ふっくらしていたね。ずいぶん仲がよさそうで、うれしかったよ。生きていたらもうすぐ30歳。生きていたら子どもも3人くらいいたはずだね。奥さんになるはずだった彼女もお前の後を追ったよ。三日後に亡くなった。お前と同じように高い所から身を投げて、、、。お前が長男だったから、一番かわいかった。でも男同士だからべたべたはしない。悩みを話したりする年齢でもなかった。お前がが亡くなる何日か前、お前の勤め先から招待の連絡があった。働いている姿を妻は見ようって言ったけど、私は断った。結局どちらも行かなかった。その時に、言っていれば人生は変わったかもしれないね。謝っても、もう元には戻らないけれども、、すまなかった。もう少し時間を割いてお前のために何かしてやるべきだったよ。招待を受けて、あの時に行っていれば、、、。自分の中でも少しは気が楽になったのにと思う。

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